ガイアとともに5次元へいこう!!

妄想癖の激しいオバちゃんのスピリチュアル探求エッセイ

”世界に精神を操作されるより、自分で操作するほうが良くはないか?”

 

 

ふつう、ひとの創造方法には、思考、言葉、それに行為あるいは行動という三つの段階がある。

第一が思考、創造的な考え、最初の概念だ。そのつぎに言葉がくる。ほとんどの思考はいずれ言葉になり、書かれたり語られたりする。言葉になることで思考にエネルギーが加えられ、世界に押し出されて、ほかのひとたちの目や耳にふれる。

最後に、言葉が行動になり、結果を生むことがある。思考から始まったものが、物理的な世界に出現する。

人間が創った世界で、あなたがたのまわりにあるものはどれも、こんなふうにして生じている──多少、かたちは違っても、本質は同じだ。創造の三つのセンターが使われているのだ。

そこで、問題が生まれる。支えとなっている考えをどうすれば変えられるか?

そう、これはたいへんに良い質問だ。そして、とても重要な質問だ。支えとなっている考えのいくつかを変えなければ、人類は滅亡してしまうかもしれない。

根になる考え、つまり支えになっている考えをいちばん速く変える方法は、「思考─言葉─行為」というプロセスを逆転させることだ。

サンマーク出版:「神との対話①」より)

 

 

 今、コロナ茶番デミック(プランデミック)も、情報開示がまだ起きないので、一般大衆の気づきは遅れています。しかし、この状況を創り出したのは、ほかならぬ誰かの思考から始まっており──わたしたちはすべて一体であるのですから、人間一人ひとり全員の共同作業によってパンデミックは継続中なのです。

この茶番を終わらせる方法として、デクラス(緊急放送)はもちろん有効でしょうが、じつのところ緊急放送がなかなか起きないのも──茶番デミックが終わらないのも──結局は、人類一人ひとりの「支えとなっている思考」により、いまの状況が継続することを可能にさせているわけで、やはり誰かの、何かのせいにして悪態をついているより、「自分には、この状況を創り出した責任がある」と認め、自分がこうであってほしい世界を、自分のなかに見いだす・創り出すことに、全力をあげて取り組むことが大事なのかな、と、私は思っています。

 

コロナは怖い・ワクチンは救世主・お上の言うことに従っていれば間違いない・生き延びるためには、他人を蹴落としても仕方がない・自分の考えを主張するより、長いものに巻かれている方が安全だ・こんな世知辛い世の中で、愛だの思いやりだの、何の役にも立たない

 

思いつくまま並べてみましたが、こんな思考・考えが蔓延していれば、コロナ茶番デミックはなかなか終わらないでしょう。

「自分は、茶番に気づいている!」という人でも、

 

日本人はくそまじめで、自分の頭で考えないバカばっかりだ。こいつらが、ワクチンに飛びついて接種しまくるせいで、生物兵器が大量生産だ!まったく、いい迷惑だ!

早く緊急放送が起きないと、DSや、洗脳集団のせいで、日本は、世界は滅んでしまう!

 

・・・などとと考えていたら、どうでしょう。

茶番に気づいている、気づいていないというよりも、もとになっている思考が「愛」から来ているか、「不安」から来ているかが大事で、すべての選択の基準を「愛」にする、それが、光の世の実現を引き寄せるカギではないでしょうか。

 

 

まず、こうありたいと思う考えにもとづいて行動しなさい。それから、こうありたいと思う考えを言葉にしなさい。それを何度も実行していれば、精神の訓練ができて、新しい考え方ができるようになる。

 

精神を訓練するんですか?それはマインド・コントロールのようなものではありませんか?

心理操作ではないのですか?

 

あなたは、自分がどうしていまのような考え方をするようになったか、わかるのか?世界があなたの精神を操作して、いまのような考え方をさせているのを知らないのか?世界に精神を操作されるより、自分で操作するほうが良くはないか?

ひとがこう考えさせたいと思う考え方をするより、自分がこうありたいと思う考え方をする方が良くはないか?外部に反応するだけよりも、創造的な考え方を身につけるほうが良くはないか?

ところが、あなたの心は他への反応でしかない思考で満ちている。他者の経験から生じた考えだ。自分自身のデータにもとづいた考えはごく少ないし、こうありたいという自分の希望にもとづいた考えはさらに少ない。(引用元:同上)

 

 

この「神との対話①」が日本で出版されたのは、1997年で、いまから24年前になりますが、

「世界があなたの精神を操作して、いまのような考え方をさせているのを知らないのか?」という神様の言葉が、コロナパンデミックが引き起こされた今、ほんとうに身に染みて実感できます。

いまこそ、自分自身を取り戻す最大の、絶好のチャンスなのです。

他人の言動を批判したりしている場合ではありません。

 

私だって、さも、すべてを悟ったふうにブログの記事を書いてますが、全然まだまだです。

「こんな世界に、地球になったらいいなラブラブ」という理想郷の姿と、いまの自分とでは、ちょっとしたギャップがありますチューあせる

 

昔は、「悟る」とか、「目覚める」とか、「無条件の愛」とか、全然できてない自分に、コンプレックス満々で、自己卑下クイーンといってもいいくらいでした。

けれど、悟る、というのは、神秘体験をする、とか天の声が聞こえる、とか、そんなサイキック能力の開発ではなくって、「ありのままの自分」を認めて、ただただ愛するだけでいいんです!それができれば、夜があけて朝日が昇るように、あとのことは自然についてきます。

日々の生活にうずもれて、ほんとうの自分から遠ざからないために、自分を鼓舞するために、私はこのブログを書いています。

 

闇も光も、善も悪も、もとをただせば、

「愛であり、自由であり、生命であり、喜びであり、祝福である、存在するすべてである神」からきているということを、私は、自分の揺るがない真理として、その、一部として生きることが、至福の喜びとなり、ひいては、すべてに感謝することにつながっています。

 

 

あなたがより高い在り方を選ぶとしよう。あなたは善、慈悲、同情、理解、赦し、愛を選ぶとしよう。神性を選ぶとしよう。そうしたら、どんな経験をするか。それを教えよう。

存在は存在をひきつけ、経験を生む。

あなたは身体によって何かを生むために、この地上にいるのではない。魂によって何かを生むために、この地上にいる。身体は魂の道具にすぎない。身体を動かす動力はあなたの精神だ。だから、あなたが地上に持っているのは、魂の欲求に従って創造するための動力機械なのだ。(引用元:同上)

 

 

お読みくださりありがとうございます。

すべてに感謝照れドキドキ